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東京高等裁判所 昭和59年(う)869号 判決

主文

原判決中被告人福田狂介に関する部分を破棄する。

被告人福田狂介を懲役二年に処する。

被告人福田狂介に対し、差戻前第一審における未決勾留日数中八〇日を右刑に算入する。

差戻前控訴審における訴訟費用は、その二分の一を被告人福田狂介の負担とする。

被告人中村嘉幸の本件控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人福田の弁護人池谷昇が提出した控訴趣意書、被告人中村の弁護人川上義隆、同阿部昭吾、同渡〓顯が連名で提出した控訴趣意書に、これに対する答弁は東京高等検察庁検察官検事土本武司が提出した答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これを引用する。

一  恐喝に関する被告人福田の弁護人の控訴趣意中事実誤認の主張について

論旨は、要するに、被告人福田、亀卦川清、平田雅弘の三名が本件恐喝を共謀したり、実行したりしたことはなく、被告人福田は融資を得たいという強い希望からその旨を東京相互銀行銀座支店(以下銀座支店という)の支店長中村嘉幸(相被告人)に訴え、亀卦川は同銀行の幹事総会屋として差し迫つた総会を平穏に終わらせるため銀行の利益を図る意図で右融資の取りまとめに腐心し、平田は専ら中村支店長の立場を支持するつもりで行動していたにすぎず、また、中村支店長が被告人福田に対し本件一五〇〇万円の融資を約束してこれを実行したのは、被告人福田らから脅迫されて畏怖したからではなく、八重州食品株社会社(以下八重州食品という)振出しの小切手を銀座支店のミスで紛失したことを隠蔽して保身を図ろうとしたからであつたのに、原判決が右三名が共謀のうえ中村支店長を恐喝して本件の融資をさせたと認定したのは、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認であるというのであり、共謀のなかつたことは、八重州食品振出しの原判示小切手の紛失が銀座支店のミスによることを被告人福田が知つた日時が昭和四九年一〇月二五日午後二時ころであつたこと、及び被告人福田が平田、亀卦川と同月二五日午後二時ころ銀座支店のロビーで落ち合つたときには喝取の話など出ていなかつたことからみても明らかである、というのである。

そこで、記録を調査し、まず被告人福田が本件小切手の紛失が銀座支店のミスによつて生じたという事実を知つた日について検討する。差戻前第一審で取調べた重井博幸の司法警察員に対する昭和五二年一〇月二四日付供述調書、被告人福田狂介の検察官に対する同月二七日付供述調書、差戻前第一審相被告人平田雅弘の検察官に対する同月一九日付供述調書、差戻前第一審証人中村嘉幸の証言(第三回公判期日のもの)、中村嘉幸の検察官に対する同月一八日付供述調書を総合すると、被告人福田は、昭和四九年一〇月二一日、小切手支払場所の港信用金庫三光町支店から連絡を受けて、八重州食品振出しの小切手が銀座支店で紛失した事実を知つたこと、その直後中村支店長の依頼により電話をしてきた平田から小切手が紛失したこととその再発行を頼みたい旨を告げられたのに対し、「それは銀行でなくしたんだろう」と問い詰めたこと、そのため平田は通話終了後中村支店長に対し「いやよわつたよ、福田はもう銀行がなくしたのを知つている」と話していること、さらに被告人福田は、同日夕方八重州食品の事務所を訪れた平田に対し、「東京相互はたるんでいる。これを機会に当座を開いてもらつて五〇〇〇万円の融資をしてもらうよ」と述べ、平田も「そうだ。銀行ともあろうものが客から預かつた小切手を紛失するなんてとんでもない。俺が亀卦川さんに言つて圧力をかけてもらつて金が出るようにする」と応じ、銀行から金が出たら平田にも回すなどの話し合いをしたことが認められる。これらの事実によると、被告人福田は、同年一〇月二一日銀座支店のミスで小切手が紛失したことを知つており、同日平田と会つた際にはすでに銀座支店のミスにつけこんで融資名下に金員を喝取しようとの意図を有していたことが明らかである。なるほど、被告人福田及び平田はいずれも差戻前第一審の公判で所論に沿う供述をし、また、八重州食品の重井博幸は同公判で港信用金庫三光町支店から連絡がなかつたと供述し、港信用金庫の村田俊雄も、銀座支店から小切手紛失の通知があつたという記録も記憶もないと供述している。しかし、被告人福田の右供述は、同年一〇月二五日銀座支店に赴いた際、中村支店長から、銀行のミスで小切手を紛失させたという話を聞いて初めてその事実を知つたとする一方、その二日前の同月二三日に小切手を再発行してくれたお礼として銀座支店から菓子折りが届けられたのでうすうすその事実に気がついたともしており、曖昧であること、原審公判の供述では、平田が八重州食品の事務所に来た際、同人から聞いて初めて知つたとしていること、同月二五日銀座支店ロビーで亀卦川と会つた際、被告人福田が「小切手を銀行でなくしたことは重大なミスですから私がこれから少し脅かします」と述べていることに徴して、信用することができない。また、平田及び重井の各公判供述は、格別の理由を述べずに、捜査段階の供述を覆したものであつて、信用性に乏しく、村田の捜査段階及び公判における供述も、その内容からみて前記認定を左右するには足りない。そうすると、被告人福田が昭和四九年一〇月二一日すでに銀座支店のミスによつて小切手が紛失したことを知つたことも、これを機会に融資名下に金員を喝取する意図を有していたことも、証拠の裏付けがあることになるから、この点の原判決の認定に誤りは認められない。

次に被告人福田、亀卦川、平田の共謀と実行行為について検討すると、関係証拠によれば、右同日被告人福田と平田とが、小切手紛失事故につけこんで銀座支店から融資名下に金員を出させる話をし、平田が「俺が亀卦川さんに言つて圧力をかけてもらつて金が出るようにする」と言い、被告人福田もこれを了承したこと、その後平田は亀卦川に電話をかけ、小切手紛失事故の事情と被告人福田が怒つている旨を伝えたところ、亀卦川は、以前被告人福田からその経営する八重州食品のために当座取引と融資とをしてくれる銀行の斡旋依頼を受け、同年一〇月中旬ころ東京相互銀行本店の石田義雄総務部長の紹介で自ら銀座支店に赴き八重州食品に対する融資を打診し、中村支店長に体よく断られた経緯もあつたところから、被告人福田が資金繰りに困つて銀座支店のミスにつけこみ金を出させる意図であることを知りながら、平田に対し「平ちやんもやつてもらえよ」と言つて同人もこの機会に融資してもらうのがよいという趣旨の話をしていること、そして被告人福田が同年一〇月二五日銀座支店ロビーで平田及び亀卦川と落ち合つた際「亀卦川先生、今日はいろいろお世話になります。小切手を銀行でなくしたことは重大なミスですから私がこれから少し脅かします。後はよろしく頼みます」と挨拶したこと、平田及び亀卦川は、被告人福田の右意図を知つて同人ともども支店長室に赴いたうえ、応対した中村支店長に対し、こもごも原判示のとおりの挙動をし脅迫言辞を申し向けて脅迫したことが認められる。なるほど、所論指摘のとおり、亀卦川は、東京相互銀行の幹事総会屋で、銀行側の利益を図るべき立場にあり、小切手紛失事故が表沙汰にならない方が都合がよいと考えていたことは確かであるが、反面、同人は、同年夏ころ被告人福田が埼玉銀行に対してした持株分割請求を同銀行の依頼による自分の要請で取り下げてもらつたことから被告人福田に借りを感じていたこと、その後東京相互銀行の長田社長が関係する富士エースゴルフ場の会員券の件で石田義雄総務部長から特別な便宜は図れないと拒絶されたり、前記のとおり被告人福田の融資の件で中村支店長から体よく申出を断られ面目をつぶされて、東京相互銀行や中村支店長に対し快く思つていなかつたこと、さらには総会屋として被告人福田や平田を敵に回したくないとの思惑があり、かたがた本件によつて東京相互銀行の幹事総会屋をやめさせられることはないとの自信があつたことなどから、被告人福田に同調して恐喝に及んだものと認められるのであり、同人に共謀の存したことは、銀座支店支店長室で被告人福田が中村支店長を脅迫するのを制止せず、かえつて「躍進ニッポン」の記事の件を持ち出して巧妙に脅迫行為に及んでいる事実からも明らかである。一方、平田も、所論指摘のとおり、銀座支店から看做しや過振りなどの特別扱いを受けていた者であるが、この機会に自らも融資の一部を利用させてもらうつもりで被告人福田の意図に同調し、その後亀卦川と連絡するなどして積極的に本件に関与してきたのであるから、同人に共謀の責任があるのは明らかである。そうすると、同年一〇月二五日三名が銀座支店ロビーで落ち合い、同所で被告人福田の前記挨拶がなされた段階で、三名の間に、銀座支店のミスにつけこんで融資名下に金員を喝取することの共謀が成立し、その直後三名がこもごも原判示のとおりの言辞を中村支店長に申し向けるなどして同人を脅迫した事実が明らかであり、原判決の認定に所論のような誤りは認められない。

さらに、中村支店長が本件融資に応じた経緯について検討すると、同年一〇月二五日銀座支店の支店長室で被告人福田ら三名は、被告人福田が右翼活動に従事する者、亀卦川が東京相互銀行の幹事総会屋、平田が暴力団に関係し、かつ総会屋であることをそれぞれ背景としながら、こもごも中村支店長に対し小切手紛失事故の責任を追及し、被告人福田の兄進が発行している雑誌「躍進ニツポン」で東京相互銀行のゴルフ場にからむ不正問題をたたいていることを取り上げて、被告人福田からの融資の要求に応ずれば右記事の掲載を取り止めるかのように話したりして高額の融資を要求し、中村支店長が仕方なしに「お約束できる最高額は一五〇〇万円です」と答えたのに、なお被告人福田が「何だと、たつた一五〇〇万円か、そんなもんだつたら融資なんかいらねえで」「よしわかつた。帰るしかない。しかし、この問題はこのままでは済まさないぞ」と言い放つて席を立つなどの行動に及び、結局中村支店長に一五〇〇万円の融資を約束させたものであるから、三名の脅迫行為と中村支店長の融資決定との間に因果関係があつたのは明白というべきであり、たとえ所論のように中村支店長に自己の失点を隠したいという気持があつたとしても、右の因果関係を否定することはできない。

以上の次第であつて、所論の強調する諸点については誤認はなく、その他証拠を精査しても、原判決認定の事実には、共謀、実行行為、因果関係のいずれの点においても誤りがあるとはいえない。論旨は理由がない。

二  恐喝に関する被告人福田の弁護人の控訴趣意中法令適用の誤りの主張について

論旨は、要するに、本件融資は、被告人福田が中村支店長と交渉し、銀行取引の形でしたものであり、脅迫行為とされているものも交渉の過程での駆け引き上の言葉であつて、社会的合法行為というべきものであつたのに、原判決がこれを恐喝罪に問擬したのは、刑法二四九条二項の解釈適用を誤つたもので、判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。そこで、検討すると、八重州食品の経営状態、資産、担保余力等の信用状況からすると、同社が当時銀座支店から通常の取引として一五〇〇万円もの融資を得ることができたとみることはできず、それが可能となつたのは、同年一〇月二五日銀座支店の支店長室で被告人福田らが中村支店長を前示のとおり脅迫して同人を畏怖させたためであると認められる。そうすると、所論の指摘するとおり、融資が実行されるまでに八重州食品の信用調査、担保調査、連帯保証人の徴求、見返り預金の導入がなされ、あるいは本店での融資禀議書の決裁など銀行内部の融資手続が履践されたことを考慮しても、右の脅迫をもつて銀行取引の交渉に伴う合法的な駆引きであると解することはできない。また融資実行後、八重州食品が約定のとおり利息を含む分割返済を履行してきたこと及びその結果東京相互銀行が右融資によつて損害がなく、かえつて利息収入を得てきたことなども、犯行後の情状として考慮されるにとどまる。結局、被告人福田らの行為を所論のいう社会的合法行為と解することはできず、原判決には法令適用の誤りは認められない。論旨は理由がない。

三  商法違反に関する被告人両名の各弁護人の控訴趣意中事実誤認の主張について

論旨は、要するに、銀座支店長であつた被告人中村は、漫然と過振りを続けてきたわけではなく、これを中止して支払呈示された小切手等を不渡りとすることは、従前の融資、過振りの回収を著しく困難にするばかりか、被告人福田からの報復加害を招くおそれがあり、従前の過振り分を無担保のまま貸付金に切替えることも、従前の融資、過振りの回収を著しく困難にするおそれがあつたところから、被告人福田に対し不渡処分とする旨を告げ心理的圧力を加えて従前の過振りを減少させる方が銀行にとつて利益であると判断して過振りを続け、昭和五〇年二月中旬以降は手形貸付に切替えることを前提として担保を徴求してきたものであり、その判断は相当であつたと認められるから、被告人中村には任務違背の行為及びその故意並びに被告人福田及び同人の経営する八重州食品の利益を図り、銀行に損害を加える目的はなかつたというべきであり、原判決には事実誤認があると主張し、この誤認を明らかにする趣旨で原判決の認定した事実中特に次の諸点が誤つていると強調するのである。すなわち、(イ)被告人中村は、昭和四九年一一月一五日から昭和五〇年四月五日までの本件一連の過振りのうち、昭和五〇年二月中旬以降有担保貸付に変更しようとして被告人福田から担保を徴求し始めるまでの過振りについては、被告人福田をいつでも不渡処分にすることができるという脅威の下に置き、その心理的圧迫によつて過振りを自発的に解消させようとしたものであつて、これは、過振り発生の経緯、不渡処分にした場合に受けるであろう報復加害、手形貸付に切替えた場合に銀行に予想される損失の可能性、他方被告人福田が不渡りにより大丸百貨店での商権を失うこととなることを極度におそれていた事実及び被告人福田は、被告人中村に対し、自分は多額のアングラマネーを調達する能力があり、貸金を回収することもできるので、過振りを解消することは十分可能であると説明していた事実などからすると、右は適切な過振り解消策であつたのに、原判決はこれを認めず、適切な過振り対応策を立てないまま漫然と過振りを継続したと認定した(被告人中村の弁護人の控訴趣意第一点)。(ロ)被告人中村は、右一連の過振りについて当座勘定過振り日報(以下過振り日報という)で逐一その内容を本店審査部に報告し、補足的に伊藤康正審査部長とその対応について相談しており、その内容もその時点で被告人中村がとつていた過振り解消策と一致していたのであるから、右一連の過振りについて本店に知られることをおそれたとは考えられないのに、原判決が、八重州食品あるいは被告人福田の経済的実態を秘匿したとし、検査部の検査に関しても検査不備事項記録書の表現を緩和して欲しい旨の工作や過振りの一時的な減少工作をしてその実態を検査部に秘匿したとして、漫然と過振りを続けたものと認定した(被告人中村の弁護人の控訴趣意第五点)。(ハ)被告人中村は、昭和五〇年二月中旬ころ、被告人福田の過振り解消能力に疑念を抱き、有担保貸付の方策に切替えたのであるが、原判決は、この時期の被告人中村の認識について、同年二月一八日以前と以後とで過振りの状況に格別の差異がなかつたのに、昭和五〇年二月一八日ころには被告人中村は八重州食品及び被告人福田に過振りを解消する資金力が全くないこと及び被告人福田の資金繰りの態様からして過振り額が増大していくことが十分予想されることを認識していたと認定した(被告人中村の弁護人の控訴趣意第二点)。(ニ)昭和五〇年二月一八日の時点において、すでに過振りにより銀行に二六六七万円余の債権が発生していたのであるから、右時点における被告人中村の支店長としての具体的任務は、一方では不渡処分とした場合において予想される被告人福田の報復加害を避け、他方では先に融資した一五〇〇万円の債権を含めて債権を回収するために必要、相当な手段を講ずることであり、その手段としては性急に不渡処分とはせずに、被告人福田に対し担保を徴求して有担保貸付に切替えること以外に考えられなかつたというべく、現に被告人中村は真摯にそのための努力をして担保を徴求し、価値ある担保を獲得したものであり、二月一八日以降の本件過振りは右の担保徴求までのつなぎ的手段であつたのであるから、被告人中村にはなんら任務違背はないというべきであるのに、原判決は、被告人中村がその時点においてとるべきであつた任務は直ちに過振りの承認を打切ることであつたと断定し、かつ、同被告人の担保徴求は見せかけの担保徴求であつたと認定した(被告人中村の弁護人の控訴趣意第三点、第四点。被告人福田の弁護人の控訴趣意第一点、第二点)。(ホ)被告人福田と被告人中村とは経済的に敵対関係にあり、被告人福田には、被告人中村が背任行為をしていることの認識もこれに加担する意思も欠如していたのに、原判決はこれを認定した(被告人福田の弁護人の控訴趣旨第四点)、というのである。

(一)  そこで記録を調査して検討すると、関係各証拠によれば、被告人中村は、被告人福田の要求に応じ、昭和四九年一一月一五日から翌五〇年四月五日まで、連続して他店券過振りを承認してきた。もともと他店券過振りは、支払呈示された手形、小切手を決済するだけの当座残高がなく、決済資金の入金もできない取引先について、受け入れた決済未確定の他店券を引当てとして、銀行が立替決済するものであり、他店券が決済される場合でも、短期間とはいえ無担保貸付の実質を有するものであるから、それ自体銀行に対し経済的な損害を及ぼす行為であり、したがつて銀行としては営業上真にやむを得ないと認められるときに限り例外的にそれを承認することが許されるものというべきである。現に、東京相互銀行の内部規定によつても、現金以外の証券類については取立済であることを確認したうえでなければ原則として預金の払戻しをしてはならず(預金規程一八条参照)、一時過振り、他店過振りは原則として認められないことと定められている(当座預金取扱要領二六条六号参照)。特に、昭和四四年七月一五日事牒(甲)第三〇号「当座勘定過振り報告(日報)の制定について」によつて、当座勘定過振りについては、たとえ支店長がこれをやむを得ないと認める場合でも、決済日まで連日報告書(日報)をもつて融資部長経由事務部長まで報告することが義務づけられていたほか、非拘束定期預金その他預金によつて万一不渡りの場合にはいつでも補填しうる状態にあることや相手先の信用状態、保証人、担保余力等を充分勘案のうえこれを行うこと、二日以上にわたり連続して決済されない場合には報告書作成と同時に支店長が融資部長又は事務部長あて電話で取扱い事情を説明して指示を受けることなどの留意事項が定められていたのである。このように、過振りの承認は支店長の権限に属するものではあるが、相手先に確実な信用のあることを前提として、相手先のために営業上真にやむを得ないと認められるときに限つて許される例外的かつ一時的な措置であつて、このことは、取締役銀座支店長であつた被告人中村も、もとより十分に了知していた。しかるに、被告人中村は、前記のとおり、昭和四九年一一月一五日から翌五〇年四月五日までの五か月近くにわたり連続して過振りを承認してきたものであり、しかも、そのほとんどは当日過振りであり、見合他店券の多くは、交換呈示された手形、小切手を決済するだけの当座残高も決済資金もない八重州食品振出しのいわゆる自振り小切手であり、昭和五〇年二月二〇日以降は、現実に八重州食品では入金した見合小切手を決済できなかつたのであるが、被告人中村は、被告人福田の要請に応じ、依頼返却、再入金を繰り返し承認したのである。そうすると、右一連の過振りは、決済の見込みが極めて不確実であるのに連続して行われた異常なものであり、実際にも見合他店券の決済すらできずに銀行に損害を与えることになつたものであつて、銀行業務の常識からいつても、東京相互銀行の内規に照らしても、許される範囲を著しく逸脱したものであり、原判決認定の昭和五〇年二月一八日以降の分はもちろん、それ以前の分も、他にこれが許されることになる特別の事情が存しない限り、銀行の支店長としての任務に違背し、かつ、銀行に損害を加える行為であると認めるべきである。

(二)  ところで、所論は、本件過振りが銀行支店長の任務に違背していないと認めるべき特別の事情のひとつとして、前記(ロ)のように、被告人中村が、本件の過振りのすべてを「過振り日報」により本店審査部に報告し、補足的に伊藤康正審査部長に報告していたことを指摘し、本件の過振りが銀行の承認を受けていたと主張するようである。関係各証拠によれば、確かに本件一連の過振りの状況は銀座支店からの「過振り日報」により本店審査部に逐一報告され、これにより担当審査役竹田京二及び審査部長伊藤康正の知るところとなつていた。また、被告人中村も、本店に出向いた際などに、時折竹田審査役、伊藤審査部長、石田義雄総務部長あるいは松原茂審査担当専務に対し、前記恐喝事件の絡みで過振りが続いて困つているが、解消させるように努力しているので、なんとか解消ができそうであると説明して来た。しかし右の説明は、八重州食品が大丸百貨店に食堂を出していることと被告人福田が全部解消できると言つていることを根拠としたものにすぎず、客観的な八重州食品の経営状態や被告人福田の資金繰りの状況を正確に調査した結果に基づきその実態をありのままに報告するものではなかつた。加えて、被告人中村は、昭和五〇年一月二一日から二四日に行われた特別検査の結果、平田に対する看做しと八重州食品に対する連続過振りとが同時に検査不備事項記録書に記載されて常務会に報告され、社長その他の役員、部長に回覧されることになるのを予測し、検査員に対し少なくとも連続過振りについてはその表現を緩和してほしいと要望し、右検査後酒井武検査部長から平田の看做しと八重州食品の連続過振りについて事後検査に行く旨の電話があつた後も、これに対処するため、同月末ころから被告人福田に対し「一時的でもよいから」と言つて過振り額を減少するよう要求している。そのため、本店の松原茂審査担当専務は、昭和四九年一二月から昭和五〇年一月にかけ伊藤審査部長から時々右過振りの状況について報告を受け、一月下旬ころからは酒井検査部長から同様の報告を受け、被告人中村から事情聴取をしたことがあるものの、同被告人から八重州食品の過振りについての立ち入つた説明がなかつたため、当初は平田の看做しに比べそれほどこの問題を強く意識せず、その実態を把握しないまま、伊藤審査部長と相談して善処するよう同被告人に対し指示するにとどまつていたのであつて、昭和五〇年三月末に至り、本件の連続過振りが破綻をきたしたことを知るに及び、「判断が甘い。こんなになるまで放つておくとはなにごとだ。」「どうしてもつと早く相談に来なかつたか」と言つて激怒し、被告人中村らを叱責しているのであり、伊藤審査部長も、被告人中村が三井銀行出身で取締役の地位にある大物支店長であり、同被告人が現場の支店長として過振りを解消する自信があるとの姿勢を示していたこともあつて、過振りの打切りを強力に指示することもなく被告人中村にその処理を任せていたものであるが、昭和四九年一一月初旬ころ、被告人中村に対し「過振りをやめろ」、「手貸しに切替えろ」、「不渡りにしなさい」などと言つており、酒井検査部長は、前記特別検査の後、松原専務と事故防止特別委員長梶浦専務の了解を得て勧告書を作成し、本店の意向として平田の看做しを手貸しに切替えるよう強力に被告人中村に指示しているのであつて、こうした事情に徴すると、本件の過振りが銀行の承認を受けたものでないことは明らかというべきである。

(三)  所論はまた、本件の場合には、前記(イ)(ニ)のように、過振りを続けなければかえつて銀行に損害の及ぶおそれがあつたのであり、被告人中村はそのように判断してこれを続けたのであるから、任務違背も図利加害目的もないと主張する。しかし、関係各証拠によれば、八重州食品は、大丸百貨店などで食堂を営業するなどしていたものの、その財務内容、経営状態は劣悪で、ほとんど被告人福田が他から借金した金をもつて運営されており、被告人福田は、かねて他から借金をしてこれを知人に貸付けてきたが、その回収不能もあつて昭和四九年ころには、街の金融業者から借金をし、その返済に窮すると、手形、小切手を振出して高利で割引いてもらつたり、書替をしてもらつたり、仕入業者や友人から借金をしたりするなどしていて、資金繰りが忙しく、八重州食品名義で振出した手形、小切手を不渡りにしないように連日走り回り、銀座支店で過振りに応じてもらつて何とか破綻を先のばしにしていた有様であつたと認められる。また、被告人中村及び銀座支店次長竹田義夫は、所論も認めるように、すでに昭和四九年一一月、一五〇〇万円の融資の際の信用調査などから、八重州食品の収益によつて過振りを解消できるものとは考えていなかつたものである。なるほど、被告人中村は、連日過振りを懇請してくる被告人福田と折衝を重ねる過程で、被告人福田が大丸百貨店で食堂を営業する商権をもつ八重州食品の不渡り倒産を極度におそれており、依頼返却の始まる昭和五〇年二月二〇日まではまがりなりにも入金した見合他店券を決済しており、過振りの解消方を強力に求める被告人中村に対し自分の母親の居住する建物の権利証を持参し、これを担保に入れるなどして解消を約する態度を示し、さらに折衝の都度個人的な資金の回収のめどがあるなどと力説して見合他店券の決済を約していたほか、被告人福田が右翼活動に従事する防共挺身隊の関係者で、その方面から資金を調達することもできるのではないかと考え、被告人福田が昭和五〇年一月中には過振りを解消するとか、二月初めには解消すると約束する言葉を頼りに過振りが解消されることを期待していたと認めることができる。しかしながら、八重州食品の資産状態及び被告人福田の資金繰りの力が前記のとおり甚だ劣悪であつたこと、昭和五〇年二月中旬の段階に至りそれまでの被告人福田が約してきた一月中及び二月初旬という二度にわたる過振り解消の期限が過ぎ、一時的にでも過振りを減少させるようにという要求に対しても、完全に零にすることはできず、むしろ減少した直後には無理に資金を集めた反動で過振り額が増加するという状況であり、二月一五日に二三三万円に減少させた際には、被告人福田は、被告人中村に対し、「ここまで減したのが限度です」と言つていたこと、過振り額の推移を見ると、昭和四九年一一月は九四万円余から八四一万円余でその多くが二〇〇万円台から五〇〇万円台にあり(平均四四二万円余)、同年一二月は四一万円余から一一九五万円余でその多くが三〇〇万円台から六〇〇万円台にあり(平均五三四万円余)、翌五〇年一月は五〇〇万円余から二四六一万円余でその多くが一〇〇〇万円台から一九〇〇万円台にあり(平均一四五八万円余)、同年二月は被告人中村の減少の要求に応えて減少させた日も含めて二三三万円余から四六三八万円余でその多くが一五〇〇万円台から三六〇〇万円台にあり(平均二五六〇万円余)、同年三月は三二八五万円余から一億二二二万円余でその多くが四〇〇〇万円台から五〇〇〇万円台(平均五七六〇万円余)であつて、昭和四九年一一月以降日々変化しながらも全体として累積増加し、特に昭和五〇年一月からはその傾向が顕著であつたこと、被告人福田にそれまでの過振りを減少又は解消させる能力や手段があつたとうかがわせる客観的な裏付けはまつたくなく、被告人中村の差戻前第一審及び当審の各公判供述によつても、同被告人は単にそれを望み、期待していたにとどまると認められることを考えあわせると、そのような状況のもとで過振りを続け、従前の過振り分をさらに増大させていつた被告人中村の行為は、たとえ同被告人が将来過振りの残高が減少の方向に向うことを期待しつつこれを続けていつたものとしても、銀行の経済的損害を逐次増大させる行為であつたと評価するほかなく、銀行の支店長として要請される任務に違背していたというほかはない。そればかりでなく、以上の事実から明らかなように、被告人中村は、すでに過振りを始めた当初から八重州食品の劣悪な資産状態を十分に知りつつ過振りの承認を続けることによりその不渡り倒産を免れさせてきたものであり、かつ、過振りを続けることによりかえつて過振り額残高を増大させる結果となることは、遅くとも昭和五〇年二月一八日の時点では容易に予測することができたのであるから、このことを認識していたと認められること、八重洲食品の収益により過振りが解消される見込みは全くなく、また近い将来被告人福田の資金繰りや経済状態が好転して過振りが解消されるような客観的状況も全くうかがわれなかつたことなどの事情に徴すると、被告人中村は、右二月一八日以降、支店長としての任務に違背し、銀行の損失のもとに被告人福田及び八重州食品に利益を与えていることを十分に認識しつつ、あえて過振りを続けて、倒産必至の八重州食品に対する不良債権を増大させていつたものと認めるのに十分である。

(四)  所論はさらに、被告人中村は、前記(ニ)のとおり、過振りの解消が困難となつた昭和五〇年二月中旬からは、直ちに過振りを中止せずに有担保貸付に切替えることこそが債権を回収する最良の方策であると考えて、担保徴求の間のつなぎとして過振りを続けたのであるから、任務違背とはいえないと主張する。しかし、関係各証拠によれば、そもそも担保の徴求は、過振りの解消が不可能であることが明らかになつた段階で行つたものであり、しかも、担保もとらずに過振りを続けたことを本店から非難されることを慮り、かつ、回収の見込みが立たずに固定化している債権を幾分なりとも保全する意図で、被告人福田に対し形式的にでも担保を入れてくれないかと言つて始めたものと認められるのであるから、右の主張は失当である。もとより、担保を徴求すること自体は銀行の利益に帰する行為であるが、前記の状況のもとで、倒産必至の八重州食品の資産状態や過振りの実態を本店に正確に報告し、その指示を仰ぐこともなく、なお過振りを続けたことは任務違背というほかはない。

(五)  所論は、過振りを中止すれば、被告人福田から報復を受け、かえつて銀行の損害を招いたと考えられるから、過振りを続けたことは銀行のための行為であつたとも主張する。なるほど、関係各証拠によれば、本件の過振りは、原判示第一の恐喝事件の渦中、その加害者被告人福田の強引な要求に端を発したものであること、被告人福田が防共挺身隊長福田進の実弟であること、当時福田進の主宰する雑誌「躍進ニツポン」に東京相互銀行を攻撃する記事が掲載されていたこと、昭和五〇年一月以降同年五月ころまでいわゆるブラツクジヤーナルによる東京相互銀行に対する攻撃が続き、その間の三月二五日には国会でもとりあげられる事態となつていたことが認められるから、そのような状況下にあつて、被告人中村が、過振りを中止し、八重州食品を倒産させると、被告人福田の反発を招き、かえつて銀座支店で発生した小切手紛失問題がブラツクジヤーナルにとりあげられるなどし、すでに苦境にある銀行の信用を一層失墜させる結果となると考えたこともあながち不自然ではない。しかしながら、本件においては、被告人中村は、近い将来過振りが減少ないし解消の方向に向う確実な見通しがないのに、過振りを続けたものであるから、その行為は単に事態の解決を先に延ばしてこれを悪化させたに過ぎず、所論にいう報復を避ける解決策となるものではなかつたというべきであるから、所論は採用することができない。さらに、もし被告人中村が過振りの中止により被告人福田の報復と銀行の信用失墜を招くことになることのみを憂慮したのであれば、すべからく事態を速かに銀行の上層部に報告し、銀行としての判断を仰ぐべきが当然であり、しかもそうするのになんら支障があつたとも思われないのに、そうした形跡が全くなく、かえつて、過振りの実態さえありのままに報告していないことなどからすると、被告人中村が過振りを中止せずこれを継続した主たる理由は、被告人福田の報復を避け、銀行に損害を被らせないためというよりは、むしろ連続過振りが表沙汰となつて自己の取締役銀座支店長としての面目を失墜することをおそれたためと認めるのが相当である。

(六)  所論はまた、前記(ホ)のとおり、被告人福田には、被告人中村が背任行為をしていることの認識が欠如していたと主張する。しかし、関係各証拠によれば、被告人福田は、自転車操業的な資金繰りの状態にありながら、被告人中村が過振りに応じてくれたため、かろうじて不渡りを免れてきたものであり、それが被告人福田及び八重州食品にとつて利益になる一方、銀行に損害を及ぼすものであることを十分認識していたものと認められるのであり、しかも、本件の連続過振りが被告人中村の任務違背になることも、被告人中村が過振りの解消を何度となく要求し、あるいは本店の検査の関係で一時的でもよいからと過振り額の減少を依頼するなどしてきた経過を知悉していた事実に徴し、十分認識していたものというべきである。被告人福田が以上の認識をもちながら、連日のように八重州食品振出しの小切手等を持ち込み被告人中村に過振りを要求、懇請し、それを承認させて自己及び八重州食品の利益を図つていた行為は、被告人中村と共同の意思のもとに一体となり、同被告人の背任行為に共同加功したものと認めるのが相当である。

(七)  以上の次第であつて、被告人中村が過振りを続けて銀行の不良債権を増大させていつた行為は、経済的に見て銀行の損害(財産的価値の減少)を増大させていつた行為にほかならず、任務違背の行為であつたというほかなく、また、被告人中村がその行為に出た目的は、銀行のためではなく、自己の取締役銀座支店長としての評価に傷がつくことをおそれ、かつ、被告人福田及び八重州食品を利することにあつたと認めるほかはない。被告人中村がことさらに自己又は被告人福田の利益を図り、銀行に損害を与える意図で本件行為に出たものではなく、将来過振りが減少、解消することを期待しつつ過振りを続けたことはこれを認めるに難くないが、そのことは被告人中村の任務違背及びその故意並びに被告人福田及び八重州食品を利し銀行を害する目的の存在を否定する事情となるものではないのである。結局原判決には所論のような事実誤認は認められないから、論旨は排斥を免れない。

四  被告人中村の弁護人の控訴趣意中法令適用の誤りの主張について

論旨は要するに、(一)商法四八六条一項の特別背任罪の「図利目的」「加害目的」は、自己若しくは第三者の利益又は会社の損害が生じるという結果について、少なくともいわば肯定的ないし積極的な認容が必要である。被告人中村には右のような認容はなく、仮にいわば消極的な認容があつたとしても、それでは足りないのに、特別背任罪の成立を認めた原判決は右条項の適用を誤つたものである。(二)本件では、すでに連続した過振り状態にある過振りを打切ることが被告人中村の任務とされ、原判決も任務違背行為の内容を「過振りの承認を打切る措置を図るべき任務」の懈怠ととらえ、これを打切らないという不作為による特別背任罪を認定しているのであるが、それは不真正不作為犯であるところ、本件は不真正不作為犯の要件を充足していないから、特別背任罪の成立を認めた原判決は法令の適用の誤りないし事実の誤認があり、それらは判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。

そこで、記録を調査し、まず(一)について検討すると、被告人中村は、事実誤認の主張に対して判断したとおり、本件のような過振りが銀行に損害を及ぼす行為であり、内規で禁止されていることを十分承知のうえで、本店の承認を受けず、また、過振りが将来減少ないし解消するという経済的な裏付けの全くないまま、これを長期間連続して銀行の損害を増大させていつたものである。被告人中村がそのような行為に出た動機は、連続過振りの実態を本店に知られ、自己の取締役銀座支店長としての面目、信用が失墜することをおそれたことにあり、もとより銀行の利益を図ることにあつたといえないばかりか、過振りを続けることが、過振りによりようやく倒産を免れていた八重州食品及び被告人福田の利益となることはいうまでもなく、その反面銀行に損害を及ぼすことも明らかであるから、被告人中村は、自己の行為が被告人福田及び八重州食品を利し、銀行に損害を加えることを十分に認識し、かつこれを認容しつつ過振りを続けたものというべきである。そして、特別背任罪における図利又は加害の目的は、自己の行為が自己若しくは第三者の利益となり、又は会社に損害となることを認識し、かつこれを認容することで足り、特に自己若しくは第三者の利益を意欲し、又は会社の損害を希望し、ないしこれらを好ましいものと思考することを要せず、所論のいう肯定的ないし積極的な認容が必要とは解されないから、本件において、被告人中村に右の目的があるとした原判決になんら法令適用の誤りは存しない。

次に(二)について検討すると、被告人中村の原判示任務違背行為の内容は、八重州食品及び被告人福田の資産状態から、承認すべきでない過振りを承認した行為である。すでに連続した過振り状態にあることを前提としても、被告人福田の過振り要求に対し、被告人中村がその都度これを承認したことが任務違背行為なのであるから、これを不作為による背任行為ということはできない。原判決は、被告人中村の任務の内容として「直ちに過振りを承認することを打切る方策をとるべき」であると判示したうえ、「他店券過振りを被告人中村において承認することにより………立替払いして………不正に貸付け」たとしてその任務違背行為を判示しているのであり、右が作為犯であることは明らかである。所論は、原判決が過振りを打切らないという不作為による背任罪を認定しているとして、本件が不真正不作為犯であるというが、その前提自体失当であり、原判決には所論のような法令適用の誤りないし事実誤認は認められない。論旨はいずれも排斥を免れない。

五  被告人福田の弁護人の控訴趣意中量刑不当の主張について

論旨は、要するに、原判決は、被告人福田に対し、懲役三年、未決勾留日数八〇日算入を言い渡したが、(一)未決勾留日数の二分の一にも満たない八〇日しか算入しなかつた原判決は、刑法二一条の解釈適用を誤つたもので量刑不当であり、(二)恐喝罪及び商法違反(特別背任罪)による東京相互銀行の被害が回復されていること、恐喝罪の共犯者平田雅弘、亀卦川清、特別背任罪の共犯者被告人中村がいずれも刑の執行を猶予されていること、その他被告人福田に有利な情状を斟酌するときは、原判決の量刑は重過ぎて不当であるというのである。

そこで記録を調査して、まず(一)について検討すると、被告人福田の未決勾留日数は一七二日であつて、原判決が本刑に算入した日数がその二分の一に満たないものであることは所論のとおりである。しかしながら、未決勾留日数の本刑算入は、一般に、当該事件の捜査審理に通常必要と認められる期間を超える日数の算入をもつて足りると解されるが、その日数については、事案の内容、審理の経過等を勘案して裁判所が合理的な裁量で決定すべきものである。本件についてこれをみると、被告人福田は、恐喝罪で起訴された後商法違反(特別背任罪)で追起訴されたものであるが、右各罪をいずれも争い、共犯者である相被告人も事実を争つたため、差戻前第一審において都合四〇回を超える公判が開かれ、最初の起訴後一年四か月を経た昭和五四年三月二六日に判決の宣告に至つたものである。そして、被告人福田は、その間の昭和五三年四月三日、保釈により釈放されているのであるから、本件の事案内容、審理の経過等を総合考慮すると、本件において、起訴後の算入可能日数一五四日のうち審理に必要な日数として七〇日余を控除して八〇日をその本刑に算入したと解される原裁判所の判断が合理的な裁量を誤つたものとは到底いえず、原判決には、なんら刑法二一条の解釈適用を誤つた廉はなく、かつ未決勾留日数の本刑算入が少な過ぎて不当とは認められない。

次に(二)について検討すると、本件は、被告人福田が、その経営する八重州食品及び同被告人個人の資金繰りに窮し、借金の返済のために更に借金を重ねるという自転車操業状態の中で、資金繰りのため、持株の分割請求をしたり、人を介するなどして当座取引及び融資に応じてくれる銀行を探していた折、知人で暴力団関係者、総会屋の平田が銀座支店に見合他店券として持ち込んだ八重州食品振出しの小切手を同支店が紛失する事件が発生するや、被告人福田にはなんら実害がなかつたにもかかわらず、その責任追及を口実に銀座支店から融資を得ようと企て、平田及び東京相互銀行の幹事総会屋である亀卦川清の協力を取りつけ共謀のうえ、主として被告人福田が小切手紛失事故の責任を追及し、亀卦川とともに、被告人福田の実兄の主宰していた雑誌「躍進ニッポン」で東京相互銀行のゴルフ場会員券にからむ不正を暴露、攻撃し、また同銀行の株主総会が間近に迫つていることをことさら取り上げ、融資の要求に応ずれば右記事の掲載を中止させ、さもなければ小切手紛失事故を右「躍進ニツポン」に掲載公表したり、株主総会の質疑に付してこれを混乱に陥れたりして、銀行の信用を傷つけあるいは中村支店長の責任問題にも発展させかねない態度を示して同支店長を脅迫し畏怖させ、一五〇〇万円の融資を強要し、これを余儀なくさせた(原判示第一の恐喝)うえ、右融資のために銀座支店に八重州食品名義の当座取引口座を開設させ、その直後から口座残高を上回る支払呈示小切手等の決済を強要して、被告人中村をして五か月近くに及ぶ連続過振りに応じさせ、支払が不可能であつたのに同被告人と共謀のうえ、その任務に背く合計二億円を超える実質的不正貸付をさせて利益を図り東京相互銀行に同額の財産上の損害を与え(原判示第二の商法違反)、結果的にも九三〇〇万円に上る手形貸付を余儀なくさせ、同銀行に多大な財産的損害と社会的信用の失墜を生ぜしめたもので、犯行による利得がすべて被告人福田ないし八重州食品に帰属していることなど、犯行の動機、罪質、態様、結果のいずれの面からみても、犯情は悪質であり、その刑責は甚だ重いというべきである。

しかしながら、さらに考察すると、恐喝罪については、被告人福田は、中村支店長の要求を受けてまがりなりにも担保や保証人あるいは見返り預金を入れるなどし、その返済義務を認めており、最終的な領得を意図したものではなかつたものであり、また商法違反(特別背任罪)については、それが恐喝罪とのからみで発生したものであり、被告人福田が連日多額の手形、小切手を振出し、その結果連日支払呈示されてくるそれらの手形、小切手の決済のため、被告人中村に次々と過振りを要求したことによるものであつて、被告人中村を窮地に追いやりその任務に違背させた点において、その責任は軽視できないけれども、被告人中村が東京相互銀行の取締役銀座支店長として本来尽すべき銀行に対する忠実義務を尽さず、被告人福田の過振り要求を拒絶することなく優柔不断にこれに応じてきたことが本件犯行を惹起し、銀行に損害をもたらしたものであつて、法的に見れば、その責任は銀行役員として任務を有する被告人中村により重いものがあると言わなければならない。そして、本件により東京相互銀行の被つた被害は、恐喝による一五〇〇万円と商法違反の結果の手形貸付分九三〇〇万円であるが、原判決時までに被告人福田は、一五〇〇万円のうち元本として一一六〇万円、利息として三一九万円余を分割弁済しており、九三〇〇万円についても、差入れた担保の実行等によつて元利合計で八四七一万〇九三三円を返済し、いまだ元本として八二八万九〇六七円を残しているけれども、全額を元本に充当したものと考えれば、被害の大部分が回復されていると認められる。そして、本件の発覚により八重州食品は、大丸百貨店における食堂の営業権を失い、それに伴い被告人福田は自業自得とはいえ経済的社会的基盤を失い、それなりの社会的制裁を受けていること、本件は、差戻し判決のあつた関係もあつて、発生以来すでに一〇年、起訴後七年余りを経過しており、それに伴い、被害者である東京相互銀行の社会的信用も回復され、同銀行の被害感情もおのずから緩和してきていると考えられること、差戻前第一審において商法違反の点はいつたん無罪とされ、被告人福田についても刑の執行を猶予する判決が言い渡されたのであつて、右判決は前控訴審において破棄されたのであるけれども、そのため被告人福田は長く被告人という不安定な地位にとどめられたこと、被告人福田には、前科前歴が七犯あるけれども、いずれも本件と同種の事犯ではないこと、被告人福田は、本件差戻判決後に、原判示のとおり昭和五六年八月に無免許運転罪で懲役五月四年間執行猶予に処せられながら、右猶予期間中に再び犯した無免許運転罪により昭和五七年一二月懲役三月に処せられ、その結果前刑の執行猶予も取り消され、併せて服役したもので、自ら招いた事態ではあるが、本件においては実刑を言い渡すほかないこと、恐喝の共犯者平田雅弘、亀卦川清、商法違反の共犯者被告人中村がいずれも刑の執行猶予の判決を受けていること、被告人福田は、本件で担保として東京相互銀行に差し入れた不動産の旧所有者に対し、将来もなおその弁償を続けなければならないこと、現在は不動産管理会社に勤め真面目に生活し一層反省を深めていること、病気勝ちで八五歳になる老母を抱えた家庭の事情など、被告人福田のため酌むべき諸事情をも総合考慮するときは、被告人福田に対し懲役三年を言い渡した原判決の量刑は、やや重きに失し不当であると認められる。論旨は理由がある。

よつて、刑訴法三九七条一項、三八一条により、原判決中被告人福田に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書によりさらに判決することとし、原判決の認定した事実(確定裁判を含む)とその挙示する法条に基づき被告人福田を懲役二年に処し、刑法二一条により差戻前第一審における未決勾留日数のうち八〇日を右刑に算入することとし、刑訴法一八一条一項本文を適用して差戻前控訴審における訴訟費用は、その二分の一を被告人福田に負担させることとする。

被告人中村の本件控訴は、刑訴法三九六条によりこれを棄却することとする。

よつて主文のとおり判決する。

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